奥さん依存症の自転車屋さん~事業を続ける意志の揺らぎを他責にする経営者のモチベーションを上げる~

今後、私はどうしたらよいのでしょうか?
相談くださったのは、自営業歴五年の岩山さん。経営する自転車屋さんは、中学校が近くにあることから中学生御用達の店として、順調ですが、このままでは先行きが不安とのことでした。

「いやぁ、実はうちの店の前で自転車に乗った女の子が鉄板の上で滑って転んだんですよ。頭を打ちましてね。出血がひどくて、傷口をタオルで抑えながら、救急車を待っていたんですけど、女の子の顔がみるみる蒼くなっていって。怖かったですよぉ」
「あらぁ、それは大変でしたね。女の子は? 大丈夫でしたか?」

「はい、1週間くらいたって、お父さんと一緒にお礼に見えて・・・頭を三針縫われたけれども、髪の毛に隠れて、傷口も見えないからって、ほっとしてらっしゃいました」
「そうですか・・何よりでしたね」

「はい、良かったねぇって思ったら、ついつい余計な口がすべちゃって・・・・・・・・・」
「?口が重くなっちゃいましたね」

「ええ女の子に説教しちゃったら、お父さんも固い顔になっちゃって。『たしかにうちの子が傘差し運転をしていたのが悪いけど、お宅の店の前の鉄板、お宅がしいたんでしょ。あれさえなければうちの子が転ぶこともなかったんじゃないかな。救急車を呼んでいただいてなんだけど、そんなに頭ごなしに叱らんかていいんじゃないですか』って言われたんです。女の子は女の子で泣き出してしまうし・・・。女房が、『まぁ、あんた、怪我がたいしたことなかったからいいじゃない・・』ってとりなしてくれなかったら、どうなっていたか・・・」
「なるほど、気まずい思いをしちゃったわけですね。それは、岩山さんが、自転車に乗ってくれる人を大事にしているし、自転車を愛しているからでしょう?」

「そうなのかなぁ?・・・自転車屋なんて、今時儲からないから、もう辞めようかなっと思っているのに・・。そうなんだろうか?」
「たしかに、岩山さんのこれまでのコーチングのテーマは、自転車屋さんからの転業、自転車屋さんの廃業でしたね。儲からないからやめたいという結論を持っているということは、自分の中にありました。それは変ってない?」

「はい、儲からないと、女房子供養えないですから・・・女房の機嫌も悪いですからねぇ」
「奥さんは、儲からないから機嫌が悪いんでしたっけ?奥さんのことを観察していただくように前回のセッションのときに宿題にしてありましたけど、観察してくれましたか?」

「はい、レジのお金がなくって支払日だったりすると、やっぱり銀行に行く前に、大きなため息ついてますよ」
「そんなとき、奥さんの気持ちを確認してくださいましたか?」

「コーチ、それは聞けないですよ。面と向かって、お金がないからため息つくのか?なんてことは」
「もっと、機嫌が悪くなりそうだから?」

「そうですよ。自転車屋は親父の代からやっているから、なんとなく継いだけど、今みたいに何でもスーパーやホームセンターで買えて、値段も安くなっちゃったら、うちらみたいな専門店は埒があかんのですよ」
「なるほど、経営が苦しいと感じている岩山さんの気持ちは、理解出来ます」

「でも、そのことと、奥さんの気持ちを確かめないこととは、違うと思いますよ。むしろ、明らかにするのを恐れているのは、岩山さん自身であるような気がしてなりません」
「きついこと、言いますね」

「はい、岩山さんの心の中に、この問題の根っこがあると感じるからです。もう少し、付け加えるならば、自転車を愛しているのに、経営に身を入れようとしない岩山さんに、奥さんは苛立っているだけに感じられるからです。だとしたら、奥さんが尚、気の毒に思えます」
「私は、自転車を愛しているんでしょうか?なんとなく、親父の後を継ぎ、なんとなく、これまでやってきた。大勢の子供たちが自転車を壊すたび、直してきたけど、修理すれば代金が入るからまぁいいかなぁと思っていただけの気がしますけど・・・コーチがいうほど、私は愛してもいないし、私のことを買い被りじゃないですか?」

「もし仮に、廃業して企業に入るとしても、たとえば、自転車を愛しているなら、自転車の知識とこれまでの経験を生かして自転車を売る営業の仕事が出来ます。どういう修理をしたらよいのか、指導者になることも出来ます。でも、自転車は二度とごめんということになれば、自転車とはまったく関係のない違う道を探すことになります」
「ああ、なるほど。そうですね。自転車を売るねぇ・・・。自転車を海外から輸入する会社に入るっていうのもいいですかネェ?」

「もちろんです。海外の自転車は、魅力があるんですか?」
「はい、デザイン性が高いんです」

「岩山さんにとって、自転車の存在は、大きいように思えます。でも、今は、目を背けたい?」
「・・・生活がありますからねぇ・・・」

「たしかに、レジのお金がないということは、不安な気持ちになりますよね?ただ、先日お話しの中にあった、子供がパンクで困っていると、ただで修理してあげちゃうとか、鍵をなくして困っている子供の自転車の鍵を外してあげるとか。お金を意識しないときもあるじゃないですか?」
「たしかに、そうなんですよね。後で、あ~あっと後悔するんですよ。また、金にならないこと、やっちゃったって・・・(大きなため息を漏らす)」

「岩山さんがパンクで困っている子や鍵を無くして困っている子の世話をすると、奥さんが怒った顔をしていますか」
「いえ、それは見たことはありません。ただ、お金が入らない余計なことを私がしているわけで、怒った顔をすると思いますよ」

「つまり、岩山さんの想像した、奥さんの顔でしょう?」
「はぁ、言われてみればそうですねぇ・・」

「ほんとうに怒ったときの理由を考えましょうか?」
「そうですねぇ・・・。いつ怒ったかな?・・・この間の、俺が余分なことを言ったときは、結構怖い顔してたなぁ・・・」

「理由を考えたことがありますか?」
「余分なこと言わなきゃ良かった?」

「余分であったかどうかも、岩山さんのイメージですよね?」
「ああ・・・わからんですねぇ・・・女房がどう思ってそういったのか・・・?」

「もう一度、チャレンジしてみましょうか? 奥さんの気持ちを確認するという宿題に」
「そうですねぇ・・・やってみます」

最後は、消え入りそうな小さな声で宣言した岩山さん。自分の心にまったく気づけずにいます。
男性は、どちらかといえば、感情を扱うことが苦手です。自分の感情も、家族の感情も、出来れば触れたくないと思っているか、わからないから触れてはならないか?苦手だから触れないようにしているのかのいずれかです。
自分の人生は自分で設計し、自ら行動することによっていかようにも変化させることが出来る、そのためには、自分の感情に正直になることが大切であることに早く気づいて欲しいと願うばかりです。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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