中古車販売会社 社長の悩み~コーチングの理解を深める~

中古車販売の会社を始めて十三年。
会社はまずまず順調に進み、最初の十年間はあっという間に過ぎて行ったような気がしていたという経営者の鈴木さん。でもこのごろ何かが違うと感じ、モヤモヤしていたところ、コーチングって何かを体験する講座があると社員から参加を促されて、よくわからなかったけど何かのヒントになればと思って出席しました。

午前中のセミナーでは、「コーチングとは何か?」「コーチングはどんなときに機能するのか」「どんな成果を期待することが出来るか」など、コーチの体験談をまじえて説明され、ときおり講師が投げかけ質問をするなどして、非常に分かりやすく、コーチングに始めて接した鈴木さんにも理解しやすいものでした。コーチングというものが、どんなものかは理解したが、実践するのはどうすればいいのだろうかなどと考えながら昼食を食べました。昼食も終わり、午後からは実践練習のロールプレイングを行うことになり、講師からの「今、何かやりたいけれども、モヤモヤしていて行動に移すことが出来ない」「これまでの行動を変化させたいと思うけれども、どうしたらよいか、わからない人を募集します。ご協力いただける人はありますか?」という誘いがありました。受講生は三十名ほどいましたが、いずれも皆、講師と眼が会わないように下を向いてじっとしていました。鈴木さんも、実は最初は眼を合わせないようにしようと下をむいていましたが、「でも、せっかく参加したんだし。手ごたえを実感してみられるなら、他の人より参加した甲斐があるかもしれない」と思い直し、勇気を出して手を上げてみました。

講師は「鈴木さん、あなたの勇気に感謝します。そして、せっかく手を上げていただいたのですから、あなたが感じたいと思う達成感を得ていただけるよう、コーチングをやっていきましょう。皆さんにもご協力いただきましょう」と言われ、受講生の拍手に励まされて、登壇しました。講師にも、他の受講生にも暖かく迎え入れてもらったような気がして、心なしかわくわくした気分です。「さぁ、鈴木さん、鈴木さんの今のモヤモヤはどんなものか、1分ほどで話していただけますか?」と、講師に促され、内心1分も話せるかなぁ・・と心細く思いながらも、胸の内にあったことを話してみました。「実は、私は会社を経営しています。売上や利益などは自分が思った以上の成績が上がり、最初の十年間は、ほんとうに毎日が楽しくて楽しくて、時間の経つのもわすれて深夜まで働いていました。一生懸命働くことが苦にならなかったんです。ところが、このところ、もう三年近くなりますが、ワクワクした気持ちや、一生懸命やらなくちゃとは思うんだけれども、達成感が感じられなくて仕事に身が入っていないような気がしているんです。何か大きな不満があるわけではありません。社員も良く働いてくれるし、仕事は全部、彼らに任せても良いと思っているほどです。でも、どういったら良いのか?以前は私が商談にいたったり、新規の取引をまとめたり出来ていたのに、このごろでは、息子がインターネットのオークションとかいう方法で、中古車を仕入れたりして、どうも手ごたえというか、仕事をしているという実感がないのです。このままでは、自分の居場所が会社になくなってしまうような気がして、なんとなく、元気が出ないんです」という率直な思いを、皆さんに話しました。

講師は、「鈴木さん、ほとんど1分にまとめてくださってありがとうございます。お話しすることに慣れているのでしょうか?話すスピードコントロールがお上手ですね。私は話し始めるとあれも言わなければ・・、これも言わなければ・・と思い出して、ついつい予定の時間を超過してしまうことがあるんです。きっちりと時間通りお話になった鈴木さんを見習いたいと思います」と、皆さんの前で褒めてくださったのです。

鈴木さんは、居心地が悪いようで、さりとて、消え入りたいような気持ちにはならず、少しだけ誇らしい気持ちで、次の展開を待ち受けるほどのゆとりを感じたそうです。

それでは、「鈴木さんが自分で考え、鈴木さんの気持ちがすっきりさせるという目標のもと、皆さんで鈴木さんに一つずつの質問をしましょう」受講生全員が次々に鈴木さんに問いかけてくださいました。

「どういう会社にしようとして、今の会社をおつくりになったのですか」
「自分の好きな中古車をどこよりも安く、皆さんに提供したいと思って始めました」

「十年後にはどうしていたいですか」
「十年後には息子に仕事をゆずって好きなことをのんびりとしていたい」

「鈴木さんの好きなことって何ですか」
「・・・・絵を見たり、写真を撮ったり、旅行をしたりってとこかな」

「思い切って1ケ月休暇をとって海外旅行にいくとどうなりますか」
「私がいなかったら会社が持ちませんよ。一ヶ月なんてムリですよ・と言いたいところですが、さびしいですが私がいなければいなくてもなんとかなっちゃうんでしょうね」

「中古車が好きですか」
「はい。大好きです」

「いまどんな車にのっていますか」
「ベンツです」

「そのベンツは中古車ですか」
「いえ、新車です」

「どうして、お好きな中古車のらないのですか」
「・・・・・・・・・」

「社長としてベンツに乗りたいですか」
「自分がここまで頑張ってきた証として、ベンツに乗りたいんです」

「今の社員より私のほうが十倍売り上げてみせる。今の社員を辞めさせて私を採用しなさいと言ったらどうしますか」
「今の社員を大事にしたいと思います。でも、ほんとうに十倍売り上げてくれるとしたら、なんとか両方採用する方法はないか考えたい」

三十名ほどいる受講生は、あらゆる角度からの質問を作ってくれたので、答えられないほど意外なものがあり、ドキドキしながら黙ってしまった時間もありましたが、普段、自分ひとりでは考えきれないほどの質問が上がってくるので、とにかく誠実に答えようと考えているうちに、どんどんもやが晴れていくように心がすっきりし始めました。一人だけで物事を考えていると、いつも同じ自問自答を繰り返すだけなのですが、大勢の人のいろいろな意見を聞いたり、質問を考えたりすることは、人の思考を変えるのにとても役に立つということや、大人になっても人に褒められるということは大切なんだなぁ・・と、つくづく感じさせられるよい体験をしました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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