新任センター長と古参社員との戦い(その3)~新任管理者、職場改善を目指す~

いよいよ三回目のコーチング予約日がやってきました。浜田さんは、これまでの二回より足取りも心も軽いことを感じながら、コーチの元へとやってきました。

「和田さん、一つ荷物が降ろせたんです!」

部屋に入るなり、浜田さんは和田コーチに明るい声で話しかけました。
「浜田さん、どんな荷物を降ろされたんですか?」
和田コーチは、いきなり話しかけられたことにもすぐに反応し、浜田さんの話を先に進ませようとしました。
「敵じゃないんですよ。どんな社員にも、良いところと悪いところがある。悪いところにばかり目を向ければ、どんどん悪いことばかりが目立つようになる。ところが、良いところに目を向ければ、どんどん良いところが目立つようになるんですね。
先週、あのあと、正直言って職場に戻りたくなかったんですが、センター長はそのまま帰ってしまうに違いないと悪口を言っているような気がして、半ば意地のような気持ちで、職場に戻ったんです。ここで逃げたら、あいつらに負ける・・なんて感じでした。
職場に戻ると、いつもならセンターにないはずの人影が、その日に限ってあるんです。どうしたんだろう?と思いながら、『戻りました』と声をかけると、『お帰りなさい、センター長。ちょっといいですか?』と、古参の女性社員のほうから声をかけてきたんです。
どうせ不平か不満なんだろうなぁとうるさく思いました。私のそんな気持ちは、顔にも出たかもしれません。でも、話は聴かないといけないと思い事務所に入ったんです。
古参女子社員の態度はいつもと同じように横柄なものに感じましたが、ここは負けてはいけないと思って『何かあったんですか?』とたずねると、『センター長さんがお出かけの間に、1件、クレームがあって。ドライバーが一人待機していてくれたので、効率は悪いのですが、そのお宅にだけ届けるために、今向かってもらっています。まもなく到着だと思うので、約束の時間には七十八分ほどの遅れで商品は届くと思います。お客様へのお詫びの電話ですが、これは、私ももちろんいたしましたが、センター長からも電話をしていただけると助かります。お詫びはしたんですが、どこまで私の真意を伝えられたか、自信がないんです。帰ってきて早々、つまらない話で、申し訳なく思います。よろしくお願いします。ほんとに勝手にやってしまって申しわけありません』と、一気に報告して頭を下げたんです。

でも、和田さん、あんなに嫌だった古参社員の横柄に見えていた態度についても、ぜんぜん気にならなかったし、それどころか『申し訳ありませんでした』と素直に頭を下げている女子社員を見ていると、不思議なくらい自然にその社員に『ありがとう、適切な処置で助かったよ。電話、今からすぐかけてみようと思う』と、心から言えたんですよ。

お客様に連絡したら、『担当の女性からも電話をもらっています。誰でも間違いはありますから。それよりも孫の誕生日のプレゼントすぐに対応していただいたので、お誕生会までには間に合ったんですよ。おかげさまで孫の喜ぶ顔を見ることが出来ました。どうもありがとう・・』と、お客様から暖かい言葉もいただけたし。今まで僕は、どんな眼で彼女たちを見ていたか?
ちょっと申し訳ないかなぁという気持ちです」

興奮気味に話す浜田さんの言葉を、ときにうなずき、ときに促すように和田さんはじっくり聴いていました。
「浜田さん、私もすごく嬉しいです」和田コーチの言葉に、浜田さんは怪訝な顔をして聞き返しました。「なぜ、和田さんが嬉しいんですか?」
「浜田さんの考え方が、すっかり変わったこと。彼女たちを仲間として受け入れてくれようとしていること。何より、浜田さんが目指す、お客様の笑顔をもらったこと。これらすべてが嬉しいです」

和田コーチは、心底嬉しそうに微笑んだあと、浜田さんに話かけました。

「浜田さん、改めて伺いたいのですが、よろしいですか? 浜田さんは、彼女たちにどんな働き方を望んでいたんでしょうか?」
「時間いっぱいうまく使って体を動かすこと。あと、仲間という意識を仲良しクラブといった子供じみた持ち方をするのではなくて、大人として持ってもらいたかったんです。アルバイトをあごで使ったりとか、男性社員の目を意識するということではなくて、アルバイトも男性社員も交えて、一つのチームであるというような感覚を持ってもらいたかったんです」

「そのことは、ちゃんと言葉で伝えましたか?」
「いやぁ、そんなことは大人の常識というか、長く仕事してるんだから、知っていて当然だと思っていたから、わざわざ特に話しはしませんでしたよ」

「でも、浜田さんの真意は、伝わっていたのでしょうか?」
「いや、今から思うと、僕は面倒なことには関わらないようにしていた気がします。言うと何か言い返されるような気がしていましたから・・・・」

「そうですか・・。前回は、チームメイトのことをあいつらと、まるで敵対視するような表現だったんですが、彼女たちからみた浜田さんは、どんな存在だったんでしょうか?」
「やはり、彼女たちから見たら、よくわからん上司だけど、うるさいことだけは言う、嫌な敵だったんじゃないでしょうかねぇ・・」

「今は、どうですか?やはり『あいつら』でしょうか?それとも信頼出来るチームメイトでしょうか?」
「もちろん、全面的に信頼出来るとは思っていません。シビアな言い方をすれば、経験が長いんだから、クレーム処理ぐらい出来て当たり前かもしれないです。ただ、報告のタイミングとか、報告の仕方が、いつものふてぶてしいものじゃなく、具体的だったし、客観的にクレームに対してくれたり、冷静に対応してくれたりで、やれば出来るんだという手ごたえみたいなものを感じました。まぁまぁ、磨けば何とかなるのかな?と思っています。そして、彼らと一緒に仕事をしていくことで私も成長出来ると思っています。やはりお互いが認め合える仲間になれればいいと思っています」

「そうですね。コミュニケーションは、キャッチボールですよね?これまでの浜田さんと古参社員の関係は、ドッジボールしているように、ボール(言葉)をぶつけるだけのような関係でしたよね?これでは、受け取る側も、今度受け取ったら、当ててやろうという気持ちを育ててしまいますよね。評価は、必ずしも『良い』『悪い』だけであらわすものではありませんよね。少しでも、褒められるべき点があれば、それを認めて受け止めることも大切ですね」

「改めて考えてみると、和田さんから、『彼女たちの良いところを見つけるための質問』を受けたことを思い出し、その意味がようやく分かりました。真にチームワークを高めるためには、まだまだ時間がたくさんかかると思うんですが、とりあえず、今までのような冷戦状態をとることだけはやめて、厳しさの中にも温かみをもって接してみるつもりです。どうもありがとうございました」と、浜田さんは、心の中に抱えて歩いていた重い荷物を一つ下ろしたように、すっきりした表情で部屋を後にしました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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