コーチング事例集:コーチ養成講座で実践的なコーチング技能と資格取得を。セミナー、研修、コーチングであなたの課題を解決

コーチング事例集

定年退職後の再雇用者へのコーチング~コーチングの方向を決めるスタート間際のコーチングの組み立て方~


定年退職後の再雇用を希望し再雇用となって七ヶ月、とうとう、退職を決断した山下さんのコーチングです。
勤続約四〇年の大ベテランの彼女は、この事務所は彼女で回っているという評価に誇りを持って、仕事をしていました。
まもなく定年という歳を迎えた頃、親会社から送り込まれてきた上司は、そもそも女性が男性に伍して実力を発揮して定年まで仕事をするのはいかがなものかと考えている人物で、女性のベテラン社員の存在が目障りなのか、若い女子社員を煽ってみたり、お局は困る・・と、自分が被害者のように振舞うようになり、職場は、早晩、行き詰まりを見せ、仕事に支障をきたすようになりました。
山下さんからコーチングの希望を受けた当初の職場環境は、殺伐としており、本人も、これまでの自分の評価を、どんなふうに受け止めたらいいか、自信喪失な中での出会いでした。

「山下さん、始めまして。今日は、山下さんが、『今』話したいと思うことを話していただきましょう。どんなことでもいいのでお願いします」
「うん・・定年退職後、希望して再雇用してもらいました。でも、その判断が間違っていたかもしれないと、今は後悔しています」

「なるほど・・・」
「仕事は楽しかったし、ほかにするべきことが見当たらないくらい、これまでは仕事中心に生活してきたからです。夫は、三年前に定年退職しました。教員だったので再雇用はありません。今は非常勤で塾講師と、ボランティアで、郷土史の資料まとめを手伝っています」

「ほう・・ご主人は、現役の頃のキャリアを生かして、新たな仕事をして報酬を得る経済活動を維持する反面、ボランティアで生涯の仕事をしているわけですね?」
「はい、趣味人で、現役時代から、さまざまなことに興味をもっていて、生涯学習のセミナーを受講したり、いろいろな活動をしていました」

「なるほど、だから、仕事を終えることも躊躇がなかったんでしょうかなぁ?」
「はい、今にして思えば、そうだった気がします。でも、教員時代は子育ても家のことも全部私任せで、ずいぶん勝手な人だと、恨んでいました」

「なるほどね。ところで、ご主人が今、お好きな自分の人生を歩いていることに、山下さんはどうかかわったんですか?」
「彼が勉強しやすいように、日曜日でも子供たちを連れて出かけるのも私。授業参観や学校行事も全部私がしてきたんです。でも、感謝されることもなく、私の存在って、いつもそんな感じなんです」

「人を支えているのに、それを評価されていない感じがするの?」
「はい、一度も認められたことがない。感謝もない」

「なるほど、さびしい気持ちがしたんですね」
「はい、さびしいと言うか、怒りかもしれません」

「怒りだったんですね?」
「はい、そうです。あの人に負けたくないという気持ちが強くありましたね。人として、家族も大事に出来ないなんて、最低だと思った頃から、子育ても、家庭内のことも、全部自分でやらなくちゃダメなんだと、覚悟したように思います」

「なるほど、それだけ家庭内に気持ちが向いていらしたのに、その気持ちが外に向かわれたのには、何かきっかけがあったんですか?」
「うん・・・子供たちも小学校高学年になって、だんだん、帰る時間が遅くなってきたから、私も子供たちが帰るまでなら、働いて、あの人に負けないようにしようと思ったということもあります。あと、子供の学費がたくさんかかることを予想して・・かなぁ?」

「昔の気持ちを振り返りたいわけじゃないんです。が、働くことの意義を知りたいんです。山下さんにとって、働くということはどんな意味があったんですか?」
「うん・・・私も社会の・・、人の役に立っているということを自分自身で感じたかったんですね」

「お子さんたちの評価ではなくて、社会からの評価を受けたかったということですか?」
「うん、評価?なのかな?実感がほしかったんですね。だから、仕事には全力投球してきました。完璧でなければならないと思っていたし、先輩職員が出来ることなら私も出来るようにならなくちゃと思って、遅くまでかかっても、必ず与えられた仕事は仕上げたし」

「そんな山下さんの姿を、上司はどう見ておられましたか?」
「え?それは、がんばってるって見てくれてたんじゃないですか?」

「今、一緒にいる人たちは?どうとらえているか、話し合ったことはありますか?」
「いえ、私の再雇用契約は、1年ごとに更新するかどうかを考える仕組みなので、来年、契約更新されなくても、若い人たちが困らないようにと思って、急いで教え込んでいるから、ちょっと厳しいかも知れません」

「なるほどね、仕事は完璧でなくてはならない・・・という考え方でしたら、若い人の仕事は、手落ちばかりに感じられますか?」
「正直言ってそんな気がしています。とにかく不安です」

「ところで、そういう山下さんの気持ちを、上司はどう判断していますか?」
「そこなんです・・・若い人のやる気をなくさせているとか、邪魔になっているとか感じないのか?と詰問されて、このごろでは、私ってどんな存在なんだろうって、だんだん、自信も元気もなくなってしまって・・」

「コーチングの目標は、契約満了をもってやめるために、今後どういう仕事をすればよいかにするということでよろしいでしょうか?」
「はい、何とか、最後の半年は逃げ出したくないんです。負けなくないんです。男なんて、ずるいばかりですからねぇ・・。男たちは細かい仕事も出来ないし、やる気もないし」

「承知しました。今日、ここまで話されて、どんなお気持ちですか?」
「すっきりということはないけれども、こんなにしっかりお話聴いてもらってよかったなって思います」

「来週までに、あなたがすべきことがあれば教えていただけますか?」
「はい、まずは、辞める気持ちがあることを忘れないようにするために、デスクに、カウントダウン表をはさむことでしょうかねぇ・・でも、伝えてあげたいことはたくさんあるから、その整理とか」

「どんな方法で整理するかも含めて考えて、対処してみてください。よろしくお願いします」
「ありがとうございました」

彼女の中に男性に対する偏見があることに気づかせたい、あなたが他の職員からどう受け止められているか、冷静に考えさせてあげたい。
人は、自分の姿には、なかなか気づけないものです。鏡を良く見ても、行動や思考までは移りません。
せめて、コーチが、その鏡となってあげることが出来ればと思いました。

竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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転職希望者へのコーチング~自分の気持ちに気づかせるためのセッション~


サービス業に従事して一五年。これまで一貫して販売の仕事を選ん出来た藤田さん。四〇歳を目前に控え、自分の将来を考えることが多くなりました。
販売実績は常に上位にあり、精力的に店舗を運営し、業務改善、人材育成、採用などの分野において、他の模範とされることが多く、実行力のある社員として重宝がられてきました。
藤田さん自身も、会社は同族会社の中小企業であってもやりがいがある。そこそこ、努力が認められれば、自分も役員を目指せると今までは思ってきたそうです。しかし、社長が代わり、新社長の考えが自分とは合わず、このごろは、部長の態度も変わりはじめ、見切りをつけた社員は退職を始めたそうです。藤田さんもこのまま会社に残って、本当に生き残れるか真剣に考えたほうがいいと、辞めた同僚からアドバイスを受けて以来、自分の将来について考えてきたそうです。
転職すべきかどうかをテーマに、コーチングのセッションを始めて五回目に、やっと自分の気持ちを素直に受け入れた藤田さんとのセッションです。

「お疲れ様です。今日もぎりぎりまで、お仕事から離れることが出来なかったのですか?」
「はい、転職しようかと迷っている自分の気持ちは、自分の問題であり、それはそれとして、会社で仕事している以上、会社では今までどおりの成果を挙げなければならないと思っています。だから、率先垂範で自分がまずは動くことで手本を見せようと思っています」

「なるほど、ビジネスパーソンとしての誇りをもっておられることを感じます。ところで、転職先について、前回、絞込みをしてみてくださいという宿題をお出ししていたと思いますが、いかがですか?」
「はい、やはり、中小企業診断士を目指そうと思います。その足がかりに、異業種への転職を果たし、その仕事をしている間に資格を取ろうと思います」

「そうですか。異業種の・・と、前回もお話の中で伺いましたが、具体的には、どんな業種へ転職しようと思われましたか?」
「はい、これまでの経験の転用が可能だと思い、医療器具メーカーにします」

「医療器具メーカーですね? 理由を伺ってもよろしいですか?」
「はい、医療の分野は、今後の超高齢化を考えれば、ますます需要が高くなると思います。そうなれば、当然、医療器具の開発も盛んになることでしょうし、その営業は、熾烈を極めると思います。これまでは、販売していたものが、スポーツ用品だったり、洋服、雑貨だったりしたわけですが、今後は、医療器具を販売しながら病院の経営などを勉強し、病院経営のコンサルティングも出来るようにしていきたいと考えたからです」

「なるほど、病院経営を勉強するためにも、医療器具メーカーの社員となって、病院経営に関する情報収集をしたり、相談に乗ったりしたいということなのですね?」
「はい、効率よく会社を運営した経験を転用すれば、それは可能だという自論を仮説に基づいて検証してみたいと思いました。経営コンサルタントとして、どんな領域でも仕事が請けられるようにしたいということです」

「なるほど、そのためには、資格はもちろん、実務経験が必要だとお考えになったのですね」
「はい、ですから、今後は三~四年に一度、戦略的に転職をして、さまざまな分野の仕事を経験しながら、コンサルテーションの種を見つけていこうと思います。机上論ではない、実務経験に基づいた指導やアドバイスが出来るようであれば、社外取締役のように重用されるのではないでしょうか?」

「なるほど、そうすると、独立までに何年の計画をもっておられるのでしょうか?」
「今、四〇歳と仮定して、六〇歳が独立の年。二〇年間で、六・七の実務を経験出来ますね。その分、専門領域の広いコンサルタントになれると思うんです。今の会社の経営コンサルタントは、新社長にいろいろなアドバイスをしているようですが、現場を預かる自分たちからしたら、ずいぶん、現実的ではない指導があると感じているんです。経営コンサルタントとしては有名な人らしいですが、うちの会社にはこれまでの伝統や社内風土があって、すぐに変化させられないという事情があります。それに、現場を知っているのは、自分のような店長たちです。自分たちの意見も聞かずに一方的に指示されても、受け入れられないことはたくさんあるんです。だからこそ、自分は、実務を経験し、一線の視点でコンサルティング出来る人を目指そうと思ったんです」

「転職し、新たな環境の中で、資格取得を目指すということは、とても大変だと思いますが、両立させるための心構えは出来ましたか?」
「はい、時間をうまく分けようと思います。休日出勤はせず、残業も控えてビジネススクールに通う時間を確保しようと思います」

「新しく入ろうとしている医療器具メーカーの実情をお調べになりましたか?」
「いいえ、でも、どこの会社だって、今は長時間労働を控えようという動きがあるはずですし、残業は習慣化しているだけなので、自分は入ったときから残業はしない人だというイメージを作れば、さほど苦しい思いをしなくても帰れると思います」

「うん・・・藤田さん、一つ、今、感じていることを申し上げてもよろしいですか?」
「はい・・」

「正直申し上げて、今の職場への怨嗟が転職したいという気持ちになっていると思います。医療器具の販売は、ますます熾烈化しており、業界全体が厳しい競争をしています。残業をしないで帰るというのは現実的ではありません。もっと業界研究をしなければ、早晩、早期離職に追い込まれてしまいますし、経営コンサルタントになるために、報酬をいただきながら、自論をまとめる検証をするという姿勢では、同僚や先輩とうまくコミュニケーションが取れなくなると思いますがいかがでしょうか?あなたが医療器具メーカーの社長さんだとしたら、そんな腰掛的な人を採用しようと思いますか」
「・・・・」

「どうぞ、ゆっくりお考えください。厳しいことを申し上げますが、転職は今後の人生をどう描くかにおいて重要な要素です。一時の感情や考えで結論を出さないほうが良いと私は考えます」
「・・・たしかに、認められなくなって悔しいという気持ちが強くて・・」

うつむいたきり、藤田さんが沈黙を続けたので、セッションを早めに切り上げ、次回セッションの日時を確認して終了しました。
自分の気持ちを晴らすために転職しようとしていることに気づかせようとコーチングを組み立てました。
当事者は、常に自分のことで精一杯になります。コーチは、その気持ちを受容し承認しながらも、常に冷静に、客観的な立場で、社会的に考えるとどう見えるのか?と伝え、新たな考えを持つ視点を与えるという重要な役割を果たします。
厳しい意見を伝えるには勇気がいりますが、クライアントの良き理解者であり、良き支援者であるために、恐れず行動することが大切です。


竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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女性の仕事ぶりについての悩み~テーマどおりに進められないセッションの組み立て方~


下着販売メーカーの人事係長村瀬さんは、家事・育児と仕事を両立させているスーパーレディで、これまでも大勢の女性社員のよき相談相手になっていました。全国各地を飛び回るハードな仕事ですが、村瀬さんはいつ眠っているんだろうかと同僚が心配するくらい、精力的に活動し職務に励んでいました。
そんな村瀬さんのコーチングセッションは、いつもは、合理的に行動するための計画や、目標・目的確認をテーマに行っていますが、今日は少し様子が違います。

「めずらしく気分が沈んでいるようにお見受けしますが、私が少し村瀬さんの感情に過敏なだけですか?」
「ソフトに忍び寄ってくる影・・って感じですね。コーチの心が寄り添うこの瞬間にほっと救われます」

「ありがとう、今までの経験から申し上げますが、村瀬さんが叙情的な言葉を出すときは、たいてい大きな悩みを抱えたときだと思いますが、今感じられているのはどんな悩みですか?」
「え?私ってそんなに分かりやすいですか?」

「ええ、申し訳ないけど、少なくとも私の前では、とてもいつもご自分に正直でいらっしゃるように感じています」
「なんでも見ているんですねぇ」

「そしてもう一つ、村瀬さんは、言いたいことはあるけれどもはっきり表現していいかどうか迷うときには、いつも話を遠回しにし始める。これも、村瀬さんのコミュニケートの癖ですね」
「うん・・今日はなんだかコーチがどんどん攻めてくるような気がします」

「ああ、それは申し訳ない。そんなつもりはないんですが。ところで、今日はどんなテーマでこの時間を過ごしましょうか?」
「女性として自分の仕事を追及したいという気持ちが高い人は多いけど、なんとなく、ご主人や子供を言い訳に曖昧にというか、甘えて仕事している人がこのごろ増えてきていて、こういう人達に対してどういうふうに意識を変えさせたらいいのかなぁと思って」

「うん、女性が仕事を続ける難しさを感じているんですか?」
「いえ、女性自身が甘えているのが気になるんです」

「うん、なるほど」
「実際、女性が仕事をするとなると、たくさんの障害がありますでしょ? 子供が急に病気になると保育園や学校に迎えに行くとか、家事は主婦がして当たり前とか。夫が働くことに賛成しないとか」

「そうだね、現実はやはり女性は家事と育児に専念してもらい、男が稼げばいいという考えはありますね」
「コーチもそうなんですか?奥さんを『働かせたくない派』ですか?」

「いや、我が家は妻もコーチ兼社労士として仕事をしていますから、お互い自宅の部屋の事務所にこもったままで、顔を合わせないことが多いですよ。夕方になって、子供たちが戻る頃、夕飯の支度に降りてきて始めて、あれ?今日はいたの?と言って、怒らせたこともあったくらいだからね」
「奥様は幸せですね。仕事に全力投球出来る」

「でも、私は不自由するときがあるし、料理もさせられるし。大変だよ」
「やっぱりコーチも、させられるという言い方になるんですね」

「ああ、うっかり。どうしても家事は女性の仕事だという概念が捨てられない。だけど、私は彼女が出張だったりすれば、子供たちの食事の面倒は見ますよ」
「代理店の女性は、主婦が多いんですが、みんな、入るときは社会とつながっていたいというんです。ところが、半年もたつと元気がなくなってくるんです。やれ子供の病気だ、父母会だと言い訳して仕事を中断するし、たとえ、売り上げが上がらなくてもその理由をほかに求めようとする。職場で事務処理しているかと思えば、だんなの悪口三昧。『やれ協力しない』とか、『うるさいことばかり言われて働く気がなくなる』とか。仕事をすることで自分の人生を豊かに出来るけど、家族という枠の中で、家族というチームのメンバーだけど社会に出るわけだから、それなりの工夫や協力を取り付けたり、ルールを作ればいいと思うんです。現実にはそんな物分りのいい旦那なんかいないし、子供も大きくなればなるほど手伝わなくなるし。与えられることよりも、工夫して自ら行動して欲しいんだけど・・」

「うん、耳が痛い。世の女性がみんな村瀬さんのように自立した女性になると、男はもっとなまけものになってしまうかもしれないな」
「みんなに言われるんです。村瀬さんは特別って。私は特別じゃないと思うんです。
はなから私を特別だと思っているから、みんな、努力したり工夫したりしない。それでもいいのかもしれないと思うときもありますが、せっかく教育して研修させても、1年くらいでやめられたら、企業は損失が大きい。会社での仕事は自分を成長させてくれるものという考えを持っていなくて、自分勝手なんですよね。みんな。だから、職場での評価も上げようがない」

「村瀬さんは、女性達の意識をどうして変えたいのですか」
「それは・・・、彼女達の働く意識を高めたいというか、成長して欲しいわけです」

「そもそも、彼女たちはどんな意識で働きに来ているか、理解していますか?」
「社会に出たいという気持はなんとなく感じますが、働く意欲とか理由はあまり考えたことがないですね」

「村瀬さんはどんな理由で働いているんですか?」
「うん、私は子供の教育費のためにと、一人でも多くの人に仕事を通して成長してもらいたくて、その応援をさせてもらいたいので・・という理由ですかねぇ・・」

「村瀬さんが働く意識と、多くの女性の意識と、一番の違いは何ですか?」
「意欲かなぁ・・なんか違う気がする。責任かなぁ・・。何でしょう・・・」

「相手を理解しなければ、相手の意識を変えることは出来ませんか?」
「本質が変わらなければ、表面だけ変えてもまたすぐにくじけるでしょうから・・。相手を理解したいんですが、みんなが私を理解出来ないように、私も相手が理解出来ない。したくないのかも知れない・・甘えているあの人たちを理解してもしょうがないと思うということは相手への配慮はないかもしれませんね」

「厳しさをもっているのが村瀬さんの自立の証だと感じます」
「私は自立しているのかしら?私が他の人と違っているだけかも知れないと、このごろでは自信がなくなってしまって」

「村瀬さん、今日のセッションのテーマは働く女性の意識を変えさせたい、甘えをなくさせるには?ということだったと思います。本来のテーマから離れた展開になってしまって申し訳ないと思いますが、今、話してみて何を感じていますか?」
「私自身が、まず、落ち着いて考えを整理する必要があるということですね」

コーチングは、必ずしも用意されたテーマどおりに話が進むばかりとは限りません。そんなときも、あわてず、クライアントの話したいように進めていくことをためらわず、自信をもって会話を進めましょう。


竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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コーチングは誰のためにすることでしょうか~コーチングを職場に導入し成功させる要素の一つ「自分の姿勢」~


技術課長の棚橋さんは、精鋭な部下一〇名を持つ中間管理職として、自ら率先して仕事をこなし、また、会社とは別に、地域の青少年の健全育成のためのボランティアに励む、熱血ビジネスパーソンです。
そんな棚橋さんが、いつになく憮然とした表情で、コーチングのセッションをスタートさせました。

「夏休みは、楽しまれましたか?」
「ええ、私は長男なので、墓参りとか供養とか、それなりに家庭での役割もありますが、それを除けば、日ごろ読みたいと思っていた本を三冊、乱読ですが出来ましたしね。私は有意義に過ごせたと思います」

「それは何よりですね。充実した夏休みを過ごされたのですね。それにしては、私には今、棚橋さんの表情に精細さがないように感じられますがいかがですか?」
「あはは・・いつもストレートですね。だから、あなたは私のコーチなんですね。実は、今年入社した社員が、大きな設計ミスを犯していることが分かったんですが・・」

「製品になってしまったんですか?」
「いや、図面の段階でしたから、会社としての損失はたいしたことはないんです」

「それはよかったですね。発見されたのは、棚橋さんですか?」
「ええ、そうです。なんとなく、うん・・・勘が働いたというか・・」

「何か、おかしいかもしれないという気持ちをもたれたということですか?」
「ええ、まだ、報告とか相談とか、そういうタイミングが分からないらしくて、なかなか報告してこないことに気づきましてね・・」

「『ほう・れん・そう』の習慣が身についていないということですね?」
「はい、そうです。係長には指導しているんですが、なかなかプライドの高い子で、相談してこないようで、係長も手を焼いているんです」

「それは大変ですね。入社1年目は、業務に慣れるのに精一杯なはずなのに、一人で仕事を任せるとは、勇気ある育成方法ですね」
「いやぁ、褒められたことはないですよ。人手が回らなくて、放任しているという状態に近いからです」

「どこの職場も同じですね。ところで、その彼の設計ミスについてはどんなふうに本人と確認しあったんですか?」
「図面を書いているデスクへ僕が行って、ちょっといいか?と声をかけて話を聴いたんです。本人に指示された内容について本人から聴とっていたんですが、どうも、それじゃ、図面が違うと思ったんです。そこですぐに指摘しても良かったんですが、せっかくコーチングのスキルを勉強したわけですから、まずは、本人の話を黙って聴こうと思いまして、最後まで聴いたんです」

「傾聴ですね?学ばれたスキルを使ってみようという姿勢、とても素敵ですね」
「ありがとうございます。話を聴いていながらも、図面を見ると、どうも違うんですよね。指示された内容と、出来上がった図面は、微妙にですが、ずれがあるんです。それで、図面と指示が違うと思われる点を三つほど指摘したんです。そうしたら、ムッとした表情で、『係長はそんなことは言いませんでしたし、聞かれなかったから、私は言わなかっただけです』と、切り口上で返されてしまって・・」

「ついつい、大きな声を上げた?」
「よく分かりますね・・。コーチングの研修をし、若い社員の育成に発揮しようというのが僕の半期の目標ですからね。自分の目標も達成出来なくなるし、部下のためにもならないと思って、我慢しようと思ったんですが、『聞かれなかったから言わなかった』という、あまりにも他人任せな姿勢に腹が立ってしまって・・」

「そうですね。『聞かれなかったから言わない』というのは、他人任せな姿勢ですね。残念ですね。棚橋さんは、部下本意の育成を願って、コーチングの研修をし、職場で実践されているわけですからねぇ」
「うん・・。一つ厳しいことを申し上げてもいいですか? 棚橋さん、コーチングは誰のためにあると思いますか?」

「え??相手のためでしょう」
「うん、そうですよね。この場合の相手とは『聞かれなかったので、言わなかっただけ』の彼ですか?」

「そうです。あと、係長もかな? 報告や連絡は待っていてはだめで、自分から取りに行くことに気づかなければ、今回のようなミスを犯される。『聞かれないから言わない』と言うほうも言うほうだけど、そういう教育しか出来てないことがわかってよかったと思いますよ」
「では、先ほどの言葉尻をつかむようで申し訳ないんですが、ご自分の目標が達成出来ないという気持ちについてはいかがですか?この場合、ご自分の評価を気にされた発言であると感じたのですが」

「あ・ん?・・・」
「本人の目標の達成を残念に思うのと、ご自分の評価を気にされるのとでは、コーチング姿勢が変わってくると感じますがいかがですか?」

「あはは、おっしゃるとおり、私は自分の評価をまず気にしました。さすがコーチは名コーチだ。どうしてそう感じたのか教えてもらえますか?」
「一つは、表情です。ご自分の目標が達成出来ないとき、いつもセッション中に見せる表情があります。でも、今日はいつもとは違った表情でした。あきらかに、自分の評価にこだわりをもたれているような表情でした。それをどんな・・と聴かれると、絵もうまくないし、お伝えするのは難しいので、勘弁してもらえますか?」

「ああ・・・憎々しい表情だったかな?目がきついというか、目つきが悪いといわれたことがあるけれども、相手を追い詰めようとするとき、僕が見せる眼をしていたのかもしれないな」
「うん、そうですね。目つきが悪いというか、怖いほど強く何かをにらんでいる。そんな感じではありました」

「そうでしょう、いやぁ・・いかんなぁ・・。くせだなぁ・・。自分がどんな顔して相手と向き合っているかなんて考えもしなかった。僕はたださえ強面だから、怒られたと誤解したのかも知れないなぁ」
「今後に向けて、確認したいのですが、ご自分の目標の達成と、部下の支援との間に距離があるとき、棚橋さんが気をつけたほうがいいと思うことはなんですか?」

「うん、まずは部下のためにあれ!という言葉を思い出すことですかね。自分の目標は自分のものであり、まずは、コーチングを通して、部下が自立して少しでも早く一人前になることを忘れないようにしなければならないですね」
「そうですね。コーチングは相手の支援を目的に行うという基本を忘れないでいただければと思います。ところで、来週までの1週間の目標についてですが・・」

「はい。今日のセッションを受けて、若い奴や係長との接しかたを考えてみます。彼らのためになることに気づいたら、それを実行してみることにします」
「そうですね。是非、実行してみてください」

棚橋さんのように、コーチングを通して部下の育成を自分の目標にされた場合、板ばさみとなってストレスを感じることがありますが、コーチングは相手を支援し続けるという姿勢を貫くことが大切なことを、改めて学びました。

竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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損保会社の調査員としてキャリア三年の東さん~上司とのコミュニケーションミスがきっかけの転職~


当初は、契約者の負担をわずかでも少なくし、また、被害者の方にも納得いただける調査をする契約社員として実績を上げてきましたが、仕事にも慣れてきた二年目を過ぎる頃から、この仕事が本当に自分に向いているのか、疑問を持つようになりました。三年目に入った春ごろから、上司から指示された調査を深くせず、あれもこれもと仕事を抱え込んだり、お客様への説明にも力が入らなくなったり、このままでは、正社員としての契約を結ぶことは出来ないと、上司から引導を渡されてしまいました。
東さんが、コーチングを知ったのは、Webの情報検索からで、藁にもすがりたい思いから、何か解決の方法がないかを探ったからだといいます。

「1年目と二年目、そして現在と、東さんの中で何が変わったんでしょうか?」
唐突かな?と思いながらも、少しでも早く状況を把握するために、コーチは率直な質問を早い段階で投げかけました。
東さんは、「うん・・・、言いたいことをはっきり言えなくなったということが一番大きな原因だと思うんです。実は・・・」

「実は・・・って何か思い当たることがあるんですね」
「・・・・・・・・・・」

「言いづらいことなんですね。どうしてもお話したくないことは、無理に話さなくてもいいんですよ」というコーチの表情に、東さんは意を決したのか、大きく息を吸って話し始めました。
「上司が変わってから、なんていうか・・コミュニケーションがうまく取れなくなったって言うか、報告はまだ出来るんですが、相談したいなぁと思っても、うまく話せなくて、いつも上司に答えを先に言われてしまうんです。それも、自分が考えているのではなく、その上司のこれまでの経験から答えがわかっていると言わんばかりの態度・・・、最初から、何だろう・・決まっている答えを聞きにいくだけで、それが自分の考えと違う答えだから、よけい混乱するし、第一真似をしろって言われても、出来ないんですよね。だから、相談出来ずにいたんです。そうすると、だんだん、報告するのも億劫になっちゃって・・・」
暗い表情で、東さんはボソッと答えてくれました。

「上司が変わったのはいつですか?」
「二年前の春の定期異動です。女性なんです」

「どんな上司なんですか?」
「今の上司。とてもすてきな人ですよ。結婚していらっしゃって、家事や育児と両立されている。女性にありがちな感情の起伏も激しくないし。キャリア・ウーマンって感じかしら。
でも、だから、すっごく近寄りがたいって言うか、別の世界の人って感じで私たちを見ている気がするんです。女性社員が固まっておしゃべりしていても、脇をスっと黙って通り過ぎられ、おしゃべりに加わることがない。
かといって、私たちに興味がないわけではなく、飲み会しようかとご自分から誘ってくださったりもします。みんなは、いい人だね、付き合いやすい人だねって言うんで、ますます、自分がどうもあわないみたいとは言い出せなくなってしまいました」

「なるほど、みんなと受けた印象が違うだけに、言い出せなくなってしまったんですね。でも、それと上司への報告をしないということは、別の問題だったように思いますが、改めて考えてみて、報告の義務を怠ったことについてはどう思いますか?」
「たしかに、契約社員としては失格だと思います。ただ、上司は選べないから、あわない上司と出会った場合、どうしたらいいか、そんな経験もなかったので負けず嫌いがでたというか、自分だってそれぐらい報告して指示を仰がなくても出来るって小さな抵抗をしてみたというか、悪気はなかったんですけれどもね・・。
深く考えずに行動した結果が、正社員としての採用を見送られることにつながるとは思っていなくて・・・。取り返しのつかないことをしたなぁと、後悔でいっぱいです」

「後悔でいっぱい。あなたがとても辛い気持ちでいることが理解出来ます。東さんがいま、一番解決したいことはなんですか?」
「残りの契約期間を少しでも楽しく働くために、もう一度、上司との関係をやり直してみたいんです。でも、どうしたら良いか分からなくて」

「上司と仲直りをしたいということですか?」
「いや、仲直りではないですね。信頼される部下となって、仕事をしてみたいです。彼女のように出来る女性になれたら良いですね」

「ロールモデルとなる人なんですね?」
「ええ、そうですね。ロールモデルとしてみればよかったんですね」

「上司との関係をやり直しするために、今、あなたには何が出来るんでしょうか?」
「うん・・・難しいですね、私への信頼感がないわけですからね。どうしたら信頼を取り戻せるのでしょうか?」

「どうでしょう。本当に信頼感はなくなっているんでしょうか?」
「うん・・・聴いたことはないですけど、自分が上司だったら、信頼しませんよ、こんな部下」

「そうですか。あなたがとても残念な気持ちでいることが痛いほどに伝わってきます」
東さんは、初めてのコーチングのセッションのあと、こんなことをつぶやきました。
「もっと早く、自分の気持ちを打ち明けていたら・・・。話を真剣に聞いてもらうことでこんなに楽になれることを知っていたら・・・」

この一年を待たずして、東さんは転職していきました。コーチングのテーマも、上司とのやり直しから、転職に変わっていきました。どんなに計画を立てても、どんなに目標を見直しても、その会社でのやり直しの方法も、勇気も見出せなかったからです。
目標を立てても、実行に移せない。目標があるだけに、行動出来ずにいる自分を引け目に感じてしまう。
目標を立ててそれに向かって行動していく。そのために今の自分に不足していることは何か。それを克服する手段はあるのか。どんな方法で行うか。自分でそうするつもりがあるか。目標・ビジョンを考えて前に向いていくことは、とても大事なことです。しかし、時によっては、目標を修正して新たな目標に向かってすすむことも、選択肢の一つなのです。
今回の事例を読まれて、東さんが自分の非を認めることによって、十分にやり直すことが出来る。転職などそう簡単には出来ないのだから、今の会社でやり直すべきだ。私ならそうするし、私がコーチならそういう方向に導く自信があるとお考えの方もいらっしゃるでしょう。しかし、コーチの気持ちを押し付けるのがコーチングでしょうか。クライアントを支援するのがコーチの役目なのです。
この場合、「上司とのやり直し」に向けて支援するのもコーチングですし、「転職」に向けて支援するのもコーチングです。最終的にそれを決めるのは、クライアントである東さんだということです。
思い切って目標を変えることで、自信を取り戻した東さんは、新しい職場に馴染むまで、コーチングを続けようと決心しています。

竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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